【テーマ】2022年度版 地域の小規模多機能病院について
【実施日】令和4年10月7日(金)18:00~19:00
【講 師】気仙沼市立本吉病院 病院長 齊藤稔哲先生
【参加者】25名
【概 要】
 齊藤先生には陸路で1,200km離れた、気仙沼市立本吉病院からオンラインでご講演を頂いた。先生は宮城県仙台市のご出身であるが、13年間島根県に住んでいらっしゃった経緯があり、当県とご縁が深い。自己紹介では、島根県での医療への関わりを「農村医療への参加」、「地域包括医療への参加」と称された。また、東日本大震災後、宮城県にお帰りになり、平成24年からの気仙沼市立本吉病院での医療を「被災地医療への参加」と紹介された。


 先生が現在病院長を務められる気仙沼市立本吉病院は、東日本大震災で大きな被害を受け、一時閉院の危機に見舞われたそうである。しかし、「震災をきっかけに良くなったね」と思えるように、“地域の人の困り事の声”に耳を傾け、外来・訪問診療等の医療提供体制を再構築され、小規模多機能病院として地域に根差した医療を展開されている。
 冒頭セミナーのテーマについても語られた。先生は、研修に来た研修医や学生に「大きな病院と小さな医療機関はそれぞれにどのような役割を担っているのか」問われるそうである。その反応について先生は、「大きな病院は実習を通して学ぶ『大学病院』等がイメージされ易いが、小さい病院は経験がない分想像が付かないようだ」と話された。そこで、テーマは昨年度に続き「2022年度版 地域の小規模多機能病院」とされたそうである。


 先生はご講演の前に「総合診療=地域医療=家庭医療」と定義をされた。先生ご自身の中では「分けることは本意ではなく、診療に壁を作らないことが本質だと考えている」と理由を説明された。
 先生は「健やかな生活を送るために」また「安らかな死を迎えるために」を例に挙げ、『大きな病院の役割と臓器別専門医の関わり』、『小さな医療機関の役割と総合診療医の関わり』を対比させる形で、その役割の違いを明快に説明頂いた。そして、小規模多機能病院として患者のニーズに応えるべく、新たな取り組みをご紹介頂いた。その内容は、“健やかな生活を送る”事例として「誤嚥性肺炎をおこした高齢者に対する食べる力を回復するリハビリ」を、“安らかな死に向けて”の取り組み事例として「安らかな死 本人の望む死の在り方を共につくる実践例」であった。


 “健やかな生活”を送るための役割分担について、大きな病院では「すでにある危機に対する集中的な治療を実施し、治療後の健やかな生活を目指す」に対し、小さな医療機関は「生活が脅かされないように見えない危機を回避し、住民の生活に伴奏する」と述べられた。また、臓器別専門医は「自分の専門とする領域において、深い知識と高い技術を習得し、その知識と技術を駆使して対象となる患者さんの治療に当たる。」総合診療医は「自分がいる場所に求められている医療の形を見極め、その形を提供できるように知識と技術を習得し、その場所に関わる連携が深まるように調整する。」と教示頂いた。


 中でも印象に残ったのが、「誤嚥性肺炎をおこした高齢者に対する食べる力を回復するリハビリ」を紹介頂いた時の1枚の写真であった。91歳の誕生日の時ケーキを召し上がる患者さんの笑顔はこの上ない幸せに満ちており、患者さんを囲むスタッフの皆さんにもまた笑顔の連鎖が起きている1枚だった。先生は2年間72件の誤嚥性肺炎の患者を『藤島摂食・嚥下能力グレード』を用いて分析された。その結果を「誤嚥性肺炎を起こす前の状態が寝たきり状態であっても、リハビリ訓練を開始することによって、歩行可能な人と同等に食べる力を回復することができる」と説明された。口から食べることは “人間としての尊厳の回復”でもあるといえる。1枚の写真からの教えは尊く、お話の全てがそこに集約されていた。


 先生は「患者さんの困りごとを診るのではなく、困りごとを持つ患者さんを診る。」また「地域で困っている方を見過ごさない」そして、「総合診療医は1人の人を身体と精神に分けず、身体を臓器別に分けず、一人の人として診療する」と話された。先生の信念から差し伸べられる癒しの手や、プロフェッショナルとして実践知から本質を射抜くメッセージは、いつもながら奥が深く厚みがあり心に刺さった。

 

先生

先生

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